脳は「複雑な視点」を嫌う — 思考の単純化と判断ミスの構造

2025年5月25日 2025年5月25日 mebuki

複雑な状況に出会ったとき、私たちはしばしば
「白か黒か」「敵か味方か」と単純化して判断しようとします。

それは怠慢ではありません。
脳の構造が、そもそも複雑さを処理することに向いていないのです。

しかしこの“単純化のクセ”が、重要な判断の場面でミスを生む原因にもなります。

本記事では、脳が複雑さを避ける仕組みと、そこから生まれる認知バイアスや判断ミスを構造的に解説し、
単純化ではなく「構造化」へと思考を移すヒントをお届けします。

1. 脳は「省エネ装置」である

人間の脳は、全身のエネルギーの20%以上を消費すると言われています。

そのため、脳には「思考コストを減らす」ための仕組みが多数備わっています。
それが、以下のような単純化戦略です：

過去の経験をテンプレ化する
一度定義した分類を繰り返し使う
違和感よりも整合感を優先する

この性質は日常では便利ですが、
思考が複雑であるべき場面（新規事業・人間関係・政治判断など）では、誤った単純化がリスクになります。

2. 単純化のクセが生む判断ミスの構造

人間は「わかりやすさ」に飛びつく傾向があり、複雑な真実を過小評価しやすいという性質があります。

特に以下のようなバイアスに注意が必要です：

① 二項対立バイアス

物事を「AかBか」で捉えがちになる思考癖。
実際にはスペクトラムやグラデーションがある問題を、強引に二極化してしまいます。

② 単一因果の錯覚

「これが原因だ」と一つの要因だけに注目してしまうバイアス。
複数の要因が絡み合っている現象を単純化して捉えることで、誤った対策を生みがちです。

③ ステレオタイプ効果

人物や属性に「わかりやすい」ラベルを貼ってしまう認知の近道。
個別の文脈や背景を無視して判断してしまう危険があります。

これらはいずれも、「考える余力がないとき」に顕著に現れます。

3. 思考の単純化と「構造化」は違う

単純化とは「要素を削る」こと。
一方、構造化は「要素間の関係を整理すること」です。

たとえば、あるビジネスの不調を「営業が弱いせい」と断じるのは単純化です。

一方で、

マーケットの変化
商品力のズレ
組織構造と運用のミスマッチ

など、複数の要因を見立てて構造として整理し、
それぞれに対応策を検討するのが「構造化された思考」です。

複雑さを恐れずに構造で整理することが、実はもっとも確実な省エネなのです。

4. なぜ「複雑な視点」を避けたくなるのか？

理由はシンプルです。「脳が疲れているから」。

以下のような状態では、複雑さに耐える力は著しく低下します：

睡眠不足
情報過多
孤独・不安・焦り

逆に言えば、複雑さに向き合うためには、土台となる身体的・心理的余裕が必要だということです。

その余裕がないまま考えようとすると、脳は勝手に単純化に走ります。
この「自動化された単純化」に自覚的であることが、質の高い意思決定の鍵です。

5. ビジネスと対人関係にどう応用するか？

◎ チームにおいて

意思決定プロセスや問題分析を「単純化せずに、構造的に共有する場」を持つ。
そのためにはファシリテーションや図解力が欠かせません。

◎ マーケティングにおいて

「ターゲットをひとことで定義して」と言われたときこそ危険。
属性ではなく、動機や状況に基づくセグメンテーションが必要です。

◎ パートナーシップにおいて

感情的な反応を単純化して捉えず、背景・環境・体調・文脈の構造として受け止める。
その「複雑さへの敬意」が、対話の質を支えます。

複雑さは、敬意とともに扱うもの

「複雑すぎて考えられない」は、思考が弱いのではなく、
脳のしくみと環境がそうさせているだけかもしれません。

思考の精度は、思考量ではなく構造で決まる。
情報を減らすのではなく、関係性を整えることで、あなたの中にある視点はもっと活きてきます。

複雑さを削るのではなく、複雑さを扱える構造を持つこと。
それがこれからの時代に必要な「知性」のかたちです。